競馬史にその名を刻んだ名牝、ジェンティルドンナがこの世を去りました。多くのファンに愛され、数々の記録を打ち立てた彼女の突然の訃報は、競馬界に大きな衝撃を与えています。ここでは、ジェンティルドンナの急死に関する詳細と、彼女が残した偉大な足跡について詳しく解説します。

死亡日時は2025年11月25日、サンデーサラブレッドクラブが発表

ジェンティルドンナが亡くなったのは、2025年11月25日のことでした。現役時代に所属していたサンデーサラブレッドクラブが翌26日に公式サイトを通じて発表しました。享年16歳という早すぎる旅立ちでした。ジェンティルドンナは、史上4頭目の牝馬三冠を達成し、G1レースで通算7勝を挙げるなど、輝かしい実績を残した競走馬です。引退後は繁殖牝馬として活動し、2025年の夏に繁殖生活を引退してからは、功労馬として穏やかな余生を過ごしていました。

1度目のジャパンカップ制覇と同じ「11月25日」という運命

ジェンティルドンナが息を引き取った11月25日という日付は、彼女のファンにとって特別な意味を持つ日でもあります。実はこの日は、ジェンティルドンナが2012年に初めてジャパンカップを制し、あのオルフェーヴルとの激闘を制して伝説を作った日と同じ日付なのです。奇しくも、自身がもっとも輝いたレースのひとつであるジャパンカップが開催される週に、かつて栄光をつかんだ記念日と同じ日にこの世を去ったことに、多くの関係者やファンが深い運命を感じています。

現在のジェンティルドンナはどうしていた?功労馬としての余生

亡くなる直前のジェンティルドンナは、繁殖牝馬としての役割を終え、功労馬として北海道で過ごしていました。2025年の5月に用途変更となり、7月には正式に繁殖牝馬を引退していたことが報じられています。それ以降は、現役時代の激闘を癒やすように、のんびりとした時間を過ごしていたと見られますが、繁殖引退からわずか数ヶ月での訃報となってしまいました。

ジェンティルドンナの死因は?繁殖引退から死去までの経緯

16歳という年齢は、サラブレッドとしてはまだ長生きできる可能性が十分にある年齢です。なぜジェンティルドンナは急死してしまったのでしょうか。ここでは、死因や晩年の状況について掘り下げます。

死因に関する公式情報の詳細と「急死」の背景

サンデーサラブレッドクラブの発表によると、ジェンティルドンナは2025年11月25日に死亡しましたが、具体的な死因(病名など)については詳細に触れられていません。「死去した」「死んだ」という事実のみが伝えられており、突発的な事態であったことがうかがえます。一般的に馬が急死する場合、心不全や消化器系の疾患などが原因となることがありますが、ジェンティルドンナの場合も何らかの急激な体調変化があったと考えられます。

2025年5月・7月に繁殖牝馬を引退していた理由とは

ジェンティルドンナは亡くなる数ヶ月前の2025年5月に用途変更となり、7月に繁殖牝馬を引退していました。通常、繁殖牝馬は受胎が難しくなったり、体調面で出産の負担に耐えられないと判断されたりした場合に引退します。16歳での繁殖引退は決して極端に早いわけではありませんが、引退から間もなく亡くなったという経緯を考えると、春頃からすでに体調面で何らかの不安や不調を抱えていた可能性も推測されます。

関係者が語る晩年の体調と「命を削って走っていた」現役時代

現役時代にジェンティルドンナを管理していた調教師の石坂 正さんは、訃報を受けて悲痛なコメントを残しています。石坂 正さんは、ジェンティルドンナが現役時代から過酷なレースで消耗していたことに触れ、「命を削って走ってくれていたんだと思う」と語りました。引退後はとにかく長生きしてほしいと願っていたそうですが、その願いは叶いませんでした。彼女の強靭な精神力の裏で、肉体には大きな負担がかかっていたのかもしれません。

G1通算7勝の最強実績|史上初のジャパンカップ連覇と牝馬三冠

ジェンティルドンナが「最強牝馬」と呼ばれる所以は、その圧倒的な競走成績にあります。ここでは、彼女が打ち立てた金字塔を振り返ります。

史上4頭目の牝馬三冠達成(桜花賞・オークス・秋華賞)

2012年、3歳になったジェンティルドンナは、桜花賞、オークス(優駿牝馬)、秋華賞という3つのG1レースをすべて勝利し、史上4頭目となる「牝馬三冠」を達成しました。桜花賞ではマイル戦でのスピードを見せつけ、続くオークスでは2400メートルの距離を克服して5馬身差の圧勝劇を演じました。そして秋華賞では、ライバルであるヴィルシーナとの激しい競り合いをハナ差で制し、見事に三冠女王の座に就きました。

史上初の偉業!ジャパンカップ(JC)連覇の衝撃

ジェンティルドンナの代名詞とも言えるのが、ジャパンカップでの活躍です。3歳時の2012年には、凱旋門賞2着馬オルフェーヴルを破って3歳牝馬として史上初の優勝を果たしました。さらに翌2013年のジャパンカップでも勝利を収め、史上初となるジャパンカップ連覇という偉業を成し遂げました。この記録は、牡馬を含めてもジェンティルドンナが初めて達成したものであり、彼女の能力が世界レベルであったことを証明しています。

ドバイシーマクラシック制覇と引退レース有馬記念での有終の美

国内だけでなく、海外でもその強さを証明しました。2014年にはアラブ首長国連邦で行われたG1ドバイシーマクラシックに出走し、不利を受けながらも世界の強豪をねじ伏せて優勝しました。そして現役最後のレースとなった2014年の有馬記念では、中山競馬場でのレース経験がないことや不調説を覆し、力強い走りで優勝。引退レースを勝利で飾る「有終の美」を達成し、多くのファンに感動を与えました。

通算成績と主な勝ち鞍一覧|年度代表馬に2度輝く

ジェンティルドンナの通算成績は19戦10勝、そのうちG1レースでの勝利は7勝に及びます。主な勝ち鞍は、2012年の桜花賞、オークス、秋華賞、ジャパンカップ、2013年のジャパンカップ、2014年のドバイシーマクラシック、有馬記念です。これらの輝かしい実績により、2012年と2014年の2度にわたり、JRA賞年度代表馬に選出されました。G1・7勝という記録は、父であるディープインパクトやシンボリルドルフさんなどに並ぶ、当時の史上最多タイ記録でした。

オルフェーヴル・ゴールドシップらライバルとの名勝負エピソード

ジェンティルドンナの現役時代は、歴史に残る名馬たちが群雄割拠していた時代でもありました。強力なライバルたちとの激闘が、彼女の強さをより際立たせています。

2012年ジャパンカップ:オルフェーヴルとの「タックル」叩き合い

もっとも有名なレースのひとつが、2012年のジャパンカップです。三冠牝馬として挑んだジェンティルドンナは、直線の攻防で三冠馬オルフェーヴルと激しく馬体をぶつけ合いました。岩田 康誠さんが騎乗するジェンティルドンナが、オルフェーヴルを弾き飛ばすような形で進路をこじ開け、ハナ差で勝利をもぎ取ったこのレースは、その激しさからファンの間で語り草となっています。

ゴールドシップとの対決:宝塚記念と引退戦有馬記念の記録

同世代のライバル、ゴールドシップとの対戦も注目を集めました。2013年の宝塚記念ではゴールドシップに敗れ3着となりましたが、2014年の有馬記念では再び相まみえました。引退レースとなったこの有馬記念で、ジェンティルドンナは見事な先行策から抜け出し優勝。ゴールドシップなどの強力な牡馬たちを相手に、最後まで女王としての強さを見せつけました。

名手たちが愛した「貴婦人」|岩田康誠、ライアン・ムーアとの絆

ジェンティルドンナの背中には、世界的な名手たちがまたがりました。主戦を務めた騎手の岩田 康誠さんは、彼女の勝負根性を引き出し、牝馬三冠やジャパンカップ制覇へと導きました。また、世界的なトップジョッキーである騎手のライアン・ムーアさんもジェンティルドンナの能力を高く評価し、2013年のジャパンカップやドバイシーマクラシックで手綱を取り、彼女を勝利に導いています。名手たちがこぞって称賛したその乗り味と精神力こそが、ジェンティルドンナの真骨頂でした。

母として残した血統|産駒(子供)の実績とジェラルディーナ

競走馬を引退した後、ジェンティルドンナは繁殖牝馬としてその優秀な血を後世に伝える役割を担いました。

代表産駒はG1エリザベス女王杯覇者ジェラルディーナ

ジェンティルドンナの子供たちの中で、もっとも大きな成功を収めたのが3番目の子供であるジェラルディーナです。父にモーリスを持つジェラルディーナは、2022年のG1エリザベス女王杯を制覇しました。これにより、ジェンティルドンナは母子によるG1制覇を達成しました。偉大な母の血がしっかりと受け継がれていることを証明した瞬間でした。

ジェンティルドンナの産駒全頭一覧と競走成績

ジェンティルドンナは繁殖生活の中で、合計7頭の産駒を送り出しました。初仔のモアナアネラは中央競馬で勝ち星を挙げ、2番仔のジェンティルドンナの2017は競走馬デビューできませんでしたが、3番仔のジェラルディーナが大活躍しました。その他にも、ドレフォン産駒やエピファネイア産駒などがおり、それぞれが母から受け継いだ資質を持って競馬界で生きています。

ディープインパクトの最高傑作として後世に繋がる血脈

ジェンティルドンナは、大種牡馬ディープインパクトの「最高傑作」との呼び声高い一頭です。彼女自身の競走能力の高さはもちろんのこと、繁殖牝馬としてもG1馬を輩出したことで、その血統的価値はさらに高まりました。彼女は亡くなりましたが、娘のジェラルディーナをはじめとする子供たちや、その先の子孫たちが、ジェンティルドンナの血と物語を未来へと繋いでいくことでしょう。

追悼コメントとネットの反応|早すぎる死を惜しむ声

突然の訃報に対し、関係者やファンからは悲しみと感謝の声が数多く寄せられています。

管理調教師・石坂正師のコメント「長生きしてほしかった」

ジェンティルドンナを育て上げた調教師の石坂 正さんは、メディアの取材に対し、連絡を受けた際の心境を語りました。「早いよね」と早すぎる死を悼み、「引退後は長生きだけしてほしいと願っていたんだけど…残念としか言いようがない」と悔しさをにじませました。また、自身にとっても彼女と過ごした日々は特別なものであり、厩舎の代表のような存在だったと振り返っています。

ネットの反応「早すぎる16歳」「JC週の訃報に運命を感じる」

インターネット上やSNSでは、ファンからの追悼コメントが溢れました。「16歳とは早すぎる」「まだ元気だと思っていたのに」といった驚きや悲しみの声が多く見られます。また、「ジャパンカップの週に亡くなるなんて」「1回目の優勝と同じ日付だなんて」と、彼女がもっとも輝いたレースとの因縁に運命を感じるファンも少なくありませんでした。

ファンに愛された「強くて美しい」名牝の記憶

ジェンティルドンナは、その名前(イタリア語で「貴婦人」)の通り美しい馬体と、牡馬を蹴散らす力強い走りで多くの人を魅了しました。「オルフェーヴルとの叩き合いは忘れない」「有馬記念のラストランは感動した」など、彼女が残した名勝負は今もファンの心に深く刻まれています。記録にも記憶にも残る名牝として、ジェンティルドンナの名前はこれからも語り継がれていくでしょう。